10. アルコールと薬物
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1. 酒害と物質関連障害
1-1. アルコール関連問題
アルコール過飲による社会的損失は2008年のデータを基にした推計で4兆円を超えるという
その7割は欠勤や生産性低下、事件・犯罪など医療以外の理由によるもの
総アルコール量にして1日あたり60グラム以上の酒類を毎日飲む者
清酒3合、ビール500ml缶3本にほぼ相当する量
これを毎日摂取するものは耐性が増強してアルコール依存症の準備状態にあるものと考えられる
2013年の調査で980万人(男性785万人、女性195万人)と推定された
同じ時期にアルコール依存症と診断された者の数は約4万人に過ぎないが、実際には100万人前後のアルコール依存症者が存在し、なお増加傾向にあるものと推測される
1-2. 問題の広がり
心身の発達途上にある若年者の健康に対する悪影響が懸念される他、他の薬物中毒や非行の芽となることが指摘されている 飲酒開始年齢が低いほど依存症形成までの所要期間が短いことが知られており、依存症予防の観点からも注意が必要
未成年の最初の飲酒は、家庭内で親から勧められるケースが最多と言われる
女性
アルコール関連疾患の患者数で見ると、女性は男性より遥かに少ないものの、年々増加しつつある
女性は男性に比べ、短期間でアルコール依存症が形成される
妊娠中の飲酒が胎児に与える悪影響で、アメリカでは多いな社会問題となっている 高齢者
1人暮らしの寂しさを紛らわすためにアルコールに流れるケースがしばしば報告される
震災などの被災地で生活の根拠を根こそぎ奪われた人々がアルコールに浸るケースも、同様に指摘される
1-3. 物質関連障害
酒害の出発点は「酒を飲む」というヒトの行為
有害とわかっている物質を、なぜヒトが好んで摂取するかというところに、この問題特有の難しさと不思議さがある
物質誘発性障害: 物質が人体に取り込まれて引き起こす症状(モノのヒトに対する有害な作用) 中毒: 物質の摂取によって症状が引き起こされるもの 離脱: 物質の摂取を中断することによって症状が引き起こされるもの 物質使用障害: 物質の摂取をめぐるヒトの側の非適応的な行動(ヒトのモノに対する病的なアプローチ) 乱用: 非適応的で社会規範を逸脱した物質使用のパターン 依存: 心理的依存や身体的依存を生じ、その物質を摂取せずにはいられなくなった状態 2. アルコールの急性作用と慢性作用
2-1. アルコールの急性作用
アルコール飲料を嗜む週間は人類の歴史とともに古く、その害についても古来さまざまな記載がある
エタノールは脳細胞の活動に対して強い抑制作用をもち、その効果が酩酊として観察される 酒類を摂取すると最初は一見元気になるので、エタノールが抑制性物質であるというのは意外に思われるかもしれないが、これは脱抑制(抑制の抑制)として説明される エタノールの抑制作用は段階的に進行する
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a) ほろ酔い
脳の葉面にある大脳新皮質は理性的な判断を司り、脳の深部にあって喜怒哀楽の感情や本能の働きを担当する大脳辺縁系に対して、通常は抑制をかけている この抑制作用が抑えられて脱抑制が生じ、大脳辺縁系の活動がより直接的に言動に現れる 社会的に概ね許容される段階
エタノールの抑制作用が大脳新皮質を越えて大脳辺縁系まで及ぶ 感情の表出がいちだんと激しくなり、同じ話を繰り返したり周囲の人に絡んだりすることも出てくる
小脳にもエタノールの抑制作用が及ぶため、呂律がまわらなくなり、足がふらついて酔歩(千鳥足)になる 当然ながら、そうなる前に飲酒を中止することが望ましい
この段階では吐物を喉につまらせて窒息する恐れもあり、放置せずに見守る必要がある
脳幹部には、呼吸や体温調節を司る重要な中枢があるため、エタノールの抑制作用が更に強くなれば昏睡を経て死に至る
痛覚刺激に対して反応がないほど深く意識を失っているときは、大至急で救急車を呼ばねばならない
2-2. アルコールの慢性作用
長年にわたって飲酒を続けると、エタノールの慢性的な有害作用が顕在化してくる
栄養の偏りや抵抗力の低下により、肺炎などの感染性疾患にもかかりやすい アルコール依存症の患者はそうでないものに比べて平均寿命が10~20年短く、肝硬変・心臓病・肺炎・自殺などの死亡率が10~20倍も高くなるとのデータがある 精神や行動への影響も次第に現れてくる
飲酒の結果として職場や家庭での活動が損なわれたり、対人関係が悪化したりするような飲み方
飲酒運転を繰り返すなどの法秩序からの逸脱
病気治療のため医者から禁酒を指導されているのに飲み続けるなど
アルコール乱用は、自他への害を承知の上で飲酒を継続する非適応的な行動様式であり、アルコール依存症の入り口にあたるものと考えられる 乱用にともなって、飲酒者自信の健康問題の他、二日酔いによる欠勤や作業能率の低下、家計の圧迫等による家庭不和、泥酔による警察沙汰など、社会生活上の様々な問題を生じるようになる
この段階で問題の深刻さに気づき、飲酒行動の是正に本気で取り組めるかどうかが予後を左右することになる
3. アルコール依存症
3-1. 依存症の2つの側面〜心理的依存と身体的依存
その物質を摂取したいという強い欲望があり、これをコントロールできないことを指す
強迫的で制御不能な飲酒欲求と言い換えてもよい
心理的依存を生じると、朝から晩まで「酒を飲みたい」ということ以外には何も考えられなくなり、どうやって酒を手に入れるかか、どうしたら人目につかずに飲めるか、そればかりにとらわれてしまう
アルコールに対する心理的依存は「否認」と呼ばれる現象を伴うことも特徴的 自分が引き起こしている音大の大きさや、時には酒を飲んでいる事実そのものを認めようとしない
自分自身もそう思い込んでいるため、行動修正や治療の動機をもつことができない
身体がアルコールなしではバランスを保てなくなっていること
長期にわたる大量飲酒後に飲酒を中断した際に起きやすい
意識の混濁とともに激しい全身の震えや活発な幻覚・錯覚を起こして興奮状態に陥るもの
離脱症状は体内にエタノールが十分存在する限り起きないから、これらの症状を避けようとして飲酒を重ねるという悪循環が生じる
3-2. 依存症を背景とした精神症状
アルコール依存症では、振戦せん妄以外にも様々な精神症状が出現する
依存症の男性が配偶者の貞節に妄想的な疑いをもつもので、しばしば暴力行為につながる
アルコール依存症における心身の機能低下を背景とした、心因性の妄想と考えられている
長期間の大量飲酒によって引き起こされることが知られ、アルコール依存症の3割程度にうつ病の合併が見られるとの報告がある
逆に、抑うつ状態や不眠を紛らわそうとして酒量が増え、アルコール依存症に陥るケースもある
長い経過のあとでは器質的な脳の異常が起きることが少なくない
特に短期記憶の障害が重篤で、話しているうちに前の話題を忘れたり、数時間前の家族との再会を思い出せなかったりする 記憶の欠損を作話で埋め合わせることも良く見られる
3-3. 人間関係の破壊作用
以上に述べた本人の心身への害に留まらず、周囲の人間関係に大きな傷を与えることもアルコール依存症の重要な特徴
周囲は行動の被害者であるだけに問題の人物を「患者」と見ることが容易ではない
その結果、患者はいっそう絶望を深めて酒に逃避することになる
その旧版のなかでいちばん重みづけの大きいのは「酒が原因で、家族や友人など大切な人との人間関係にひびが入ったことがありますか」というもの
最近では、親のアルコール依存症が子どもの成長後のパーソナリティや飲酒行動に影響を与えるといった世代間連鎖にも、注意が喚起されている
3-4. 原因・治療・予防
アルコール依存症の原因は、未だに解明されていない
酒という物質が不可欠の要因であることは間違いないが、同じように長年酒を常用していて芋、アルコール依存症になる人もあればならない人もある
かつては「性格的に弱い人間が、酒に逃避した結果である」といった見方がなされがちであったが、今日では社会的なストレスとの関連を指摘する説が多い 実際、気分の障害・不安障害・適応障害などをかかえた人々が酒に頼るケースはしばしば見られるが、これが逆効果であることは前述の通り アルコール依存症の発症には遺伝素因も関連するものと推測される
単一の原因に還元するものではなく、様々な要因が複合的に関わっていると考えるべきであろう
治療に関しては断酒がカギ
アルコール依存症には前述の「否認」がつきものであり、治療の動機を獲得・維持することが難しい
本人が「自分には治療が必要である」と認めて出発点に立つまでが、最も重要かつ困難なステップ
経験者のなかには、徹底的に苦しんでどん底まで落ちる「底つき」を経験しないと、出発点には立てないものだと語る人もある
治療法
専門家の指導のもとに自分の病気について理解すること、すなわち心理教育は重要 最近では断酒を目標とした認知行動療法プログラムも開発されている これを飲んだ上で飲酒すると悪心・嘔吐や血圧低下など危険な症状が出る そのことを承知で患者自身がこれを毎日服用し、断酒の一助とする方法もある
いずれにせよ本人の動機づけがポイントとなる
患者の自助グループ
1930年代にアメリカで誕生
2人のアルコール依存症患者が互いに顔を合わせては、語り合い励まし合ううちに、いつしか断酒に成功した
1人ではできなかった断酒が2人で実現できた経験をグループへと広げ、これがAAの成立へとつながった
メンバーの匿名参加を原則とし、名前や社会的地位を一切問わず、ただ酒に敗北した一人の人間としてグループに集う
独特の規約に基づいて頻繁にミーティングを行い、無批判の語り合いを繰り返しつつともに断酒を目指していく
現在AAは、世界90カ国で100万人規模のメンバーを擁するまでに成長している
わが国ではAAに加えて、1950年代に発足した日本型の断酒会も活動している
アルコール依存症の長期予後に関する調査では、断酒の継続率や死亡率に関して断酒会への参加群と非参加群との間に有意差が示され、断酒会の効果が実証されている
4. 覚醒剤, その他の依存症
4-1. 覚醒剤の有害作用
わが国で問題となってきた違法な依存性薬物
覚醒剤を内服・注射したり、あぶって嗅いだりすると、強い精神刺激症状が生じる
眠気や疲労感が消失し、多幸感・万能感が生じて気分が高揚し、頭の働きが非常に活発になったと感じる
性行為に伴う快感が増強されるともいう
こうした作用に対する心理的依存がきわめて生じやすく、軽い気持ちで手を出して止められなくなるケースが多い 離脱症状はエタノールのように激しくはないものの、疲労・虚脱感・不快な夢といった徴候が生じがちであり、これを避けようとして覚醒剤を使用するという悪循環が起きやすい
使用を反復すると迅速に耐性が形成されて使用量が増加し、使用を抑制できなくなっていく
このように覚醒剤使用の急性期には、薬物のもたらす快感に対しての心理的依存が主たる問題となる
4-2. 覚醒剤精神病
覚醒剤を連用するにつれ、急性期とまったく違った現象が起きてくる
大量のメタンフェタミンを使い続けた場合、約3ヶ月で明らかな精神病症状が出現する
妄想のテーマとしては周囲から迫害・追跡されるといったものが多く、逃走あるいは逆襲しようとして傷害事件に至ることもある
入院治療を行って覚醒剤の使用を中止させ、幻覚や妄想に対して抗精神病薬による薬物療法を行うと、1ヶ月以内には症状が消失していくことが普通であり、治療に対する反応性は比較的良好 いったん覚醒剤を中断した者が後に再使用した場合、初回よりもはるかに少量かつ短期間の投与で、前回と同じような精神病症状が出現する
しかもこうした症状の再燃は、飲酒など覚醒剤以外の物質摂取や情動ストレスなど、非特異的な刺激で引き起こされる場合もあるという
中断期間の長さとは無関係であり、長年中断していた場合も再使用すると敏感に精神病症状が出現する
このように永続する過敏性は、異常行動を指標とした動物実験でも確認されている
こうした現象は、覚醒剤の慢性投与によって精神病症状を生じる回路が脳内に形成され、この回路が永続的に保たれることによって起きるものと考えられる
自転車のたとえ
一旦習得してしまえば、どれほど長期間のブランクがあっても乗り方を忘れることはない
仮に忘れようとしても、脳と身体が覚えているため忘れることができない
覚醒剤による精神病症状もこれと同じだという
このように覚醒剤の有害作用は、生涯にわたって害をなす危険性があることを特に若い人々に伝える必要がある
乱用や依存の対象となる薬物は、覚醒剤の他にも数多くある
マリファナなどは「ソフトドラッグで危険が少ない」といった風説がしばしば耳に入るが、実際の大麻使用者では多剤乱用が多く、より依存性の強い薬物への移行も見られるなど、重篤な薬物乱用・依存への入口となる危険なものであることを知っておきたい 4-3. その他の依存症
依存症の対象となるのは物質ばかりではない
このように依存の対象は多彩であっても、依存という行動とこれに伴う心理のパターンには共通の部分が多く、アルコール依存症を中心としてこれまでに蓄積された知見や手法が、今後も役立つものと思われる